「須高」 第102号
令和8年4月20日発行
目 次
口絵 深谷上杉氏歴代城主追憶碑 ……………………………………………………… 写真・解説 編集部
《戦後八十年・昭和百年 戦争特集》Ⅱ………………………………………………………………… 編集部
・「思い出の記」(2) 決死隊・負傷・野戦病院 ………………………………………………… 石坂 富厚
・ 中村芳雄「従軍日誌」(昭和十二年)(2) …………………………………………………… 中村 正博
・「私の昭和史」(2)~関東軍綏西部隊~ ………………………………・…………………… 竹前 光雄
・「生き抜くために」(2)中国・シベリヤ抑留体験記 ………………………………………… 小林 茂雄
・満州牡丹江から届いた軍事郵便四通 ………………………………………………………… 鈴木 一成
・須坂地区大本営関連工事~鎌田山地下壕~ …………………………………… 金沢 誠・片山 久志
・ 昭和十九年 兵器分散計画 …………………………………………………………………… 大塚 尚三
・松代大本営―父の証言録― ………………………………………………………………… 高橋 美壽子
・本当の話 ………………………………………………………………………………………… 黒岩 聖
深谷上杉氏歴代城主追憶碑 ………………………………………………………………… 中澤 功・片山久志
明和・安永期の須坂の茶の湯(上)
普願寺所蔵―「茶の湯」資料を通して― ………………………………………………………… 田子 修一
大笹街道の参勤交代について(一)
~大笹街道における大名の通行~………………………………………………………………… 佐藤 広夫
「相模井上氏」先祖の地を訪ねる …………………………………………………………………… 井上 正義
まぼろしに終わった早大農学部須坂への招致運動 ………………………………………………… 宮本 圭子
《古文書を読む》⑮「改名」の「御触書 …………………………………………………………… 関谷 公
鹿児島県志布志市大慈寺と長野県須坂市の交流 ……………………………………………………… 編集部
《昭和の会話」(7)…… ……………………………………………………………………………… 片山 久志
「紙で残す私の1枚」日本自費出版文化賞受賞報告 …………………………………………… 刊行委員会
塩川公会堂算額問題解答 ………………………………………………………………………………… 編集部
☆編集後記
☆口絵 深谷上杉氏歴代城主追憶碑(編集部)
長野市若穂綿内正満寺にある。堂々たる碑だが気付く者も経緯を知る者も少ない。碑誌の読解・注釈。
☆《戦後八十年・昭和百年戦争特集》Ⅱ(編集部)
人権侵害の最たるものは殺し合いの戦争。戊辰戦争以来、戦争に明け暮れた近代日本。戦争の実態は?
☆思い出の記(日中戦争編)(2)(石坂富厚・故人)
応召、従軍、負傷、入院、除隊、帰郷までの具体的な記述は貴重な「戦争民俗誌」94歳から書き始めた!
☆中村芳雄「従軍日誌」(2)(故中村芳雄甥・中村正博)
これほど長く克明に記された従軍日誌はまれ。いつ、どのような思いで綴ったのか、思い遣られる。
☆「私の昭和史」(2)~関東軍綏西部部隊~(竹前光雄)
担任に勧められ「満蒙開拓青少年義勇軍」に応募、大志を抱いて渡満した少年のありのままの現地生活。
☆「生き抜くために」抑留体験記(2)(小林茂雄)
竹前光雄と同郷でともに訓練を受け渡満。敗戦時ソ連国境地帯にいたためソ連に抑留され帰国は昭和28年。
☆満州牡丹江から届いた軍事郵便四通(鈴木一成)
生後半年の吾子を残し輻重兵として満州へ赴いた筆者父。妻と妻の兄に書き送った軍事郵便四通が遺書に。
☆須坂地区大本営関連工事~(金沢誠・片山久志)
鎌田山2号地下壕の様子は証言がたよりだったが、京都大学防災研究所の年報に見取図があった!
☆昭和十九年 兵器分散計画(大塚尚三)
昭和十九年高甫村長提出「兵器分散潰地承諾書」。村民の土地が軍用地として収容された。その目的は?
☆松代大本営―父の証言録―(高橋美壽子・旧姓和智)
大本営移転工事に西松組掘削責任者として携わった父が戦後、マスコミの取材に応じて語った証言録。
☆本当の話(黒岩 聖)
身内にあった「勤労動員」「拓け満蒙!行け満蒙!」の実態と、「満州引揚者」の苦難とその後。
☆深谷上杉氏歴代城主追憶碑(中沢 功・片山久志)
豊臣秀吉全国統一の総仕上げ「小田原攻め」。小田原北条に就いた深谷上杉氏は落城後信州大豆島に定住した。
☆明和・安永期の須坂の茶の湯(上)~(田子修一)
須坂の茶の湯がどのような人物を中心に、どのように催しされてきたか、資料を手掛かりに実態に迫る。
☆大笹街道の参勤交代について~(佐藤広夫)
仁礼~大笹~沓掛~江戸は北国街道より一日短い四泊五日、利権争いに幕府が下した裁定は?
☆「相模井上氏」先祖の地を訪ねる(井上正義)
叔父の断片的な言葉を手掛かりに先祖発祥の「長野県須坂市井上町」にたどり着いたルーツ探索訪問記。
☆まぼろしに終わった早稲田大学農学部~(宮本圭子)
一億虚脱状態の敗戦直後、日本測定器須坂工場跡地に早大農科誘致を目論む者があった。その顛末は?
☆《古文書を読む》⑮「改名」の「御触書」(関谷 公)
殿様に姫君誕生「萬寿」と名付けた。若君誕生「竹千代」と命名した。村々同名者は改名すべし!
☆鹿児島県志布志市大慈寺と須坂市の交流(編集部)
世俗的には大成しなかった「信濃の井上氏」、宗教面での功績は大。その偉業は時空を超えて燦然と輝く。
☆《昭和の会話》(7)(片山久志)
世界中で絶滅寸前の方言。伝統芸能同様「ユネスコ無形文化遺産」に登録、保全、継承すべきである。
☆「紙で残す私の1枚」受賞報告 (片山久志)
日本自費出版文化賞「地域文化部門賞」受賞経緯報告。
錚々たる選考委員7名による800余点からの選出。
☆塩川公会堂算額問題解答(編集部)
中3生が解ける問題だったが中学生からの回答はなく、83歳男性と46歳女性から正解が寄せられた(喝采)。